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#3.11#メディア#原発事故#放射線

マスコミの両論併記

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意見が分かれる問題について、マスメディアでは「両論併記」という手法がとられます。しかしこの手法は、専門家の科学的見解を紹介する場合においては最善の方法とはいえません。
両論併記の問題点と、考えられる打開策について整理しました。
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3.11発生当時の情報の混乱について調べたい人
マスコミ、マスメディアの報道のありかたについて考えたい人

マスコミで常用される、両論を対等に扱って併記する手法は、科学的議論においては異端の見解を強調してしまう弊害が大きい。

 ここ10年ほどでSNSによる情報伝達の重要性が格段に高まったとはいえ、老若男女を問わず広く国民に情報を伝える影響力の強さという意味では、今でもマスコミが大きな役割を果たしています。

そうしたマスメディアが人々や専門家の意見を取り上げるときに、大抵の場合、両論併記という手法が取られます。一方の意見だけを選択することで不公平にならないよう、双方の意見を取り上げることでバランスを取るという考え方です。

確かに、意見が分かれているような社会的な問題についてはその手法にも一定の正当性があるように思えますが、本当にそれが最善の方法なのでしょうか。

 人々の意見が二分されるのではなく、多様な意見がある場合には、2つだけを取り上げることで、残りの意見が伝えられないことになりますし、どの2つが主要な意見であるかということを判断するには、それぞれのメディアの主張や編集方針が、意図的にせよ無意識的にせよ入り込んでいるはずですから、決して公平中立に選んだということにはなりません。特に、権力を監視するのがメディアの役目との信念から、政府を批判する論調が取り上げられやすい傾向にもあります。

 また、主要な意見が対立する2つという場合でも、双方の意見に賛同する人の数が同程度とは限らず、ほとんどの人の意見と、ごく少数の反対意見が対立しているという場合も往々にしてありますが、メディアでは得てして両論併記をします。報道に携わる人たちには、たとえ少数意見であっても社会的には尊重することが必要だという考え方が根付いているために、むしろ少数意見をきちんと伝えることこそメディアの使命だとの考えが強いようです。

 ところが、この両論併記という考え方は、一般の人の意見に限らず、専門家の見解を紹介する場合にも採用されていて、特に新聞では、両論として同じ大きさの紙面で並べて記事に書かれるのです。

社会的課題に関する論調であれば両論併記が相応しい場合も多いのかもしれませんが、科学的見解ということになるとそうとも言えません。大半の科学者が合意する見解と、少数の科学者の意見が併記される格好になってしまうことが度々見られて、その少数意見というのも、科学的には疑問が持たれる、異端とも言える極端な意見を持つ学者の考えが、大多数の科学者の合意見解と同じ重みで堂々と掲載されてしまうことになってしまいます。

両論併記のこうした問題点は私自身、各新聞社の科学担当の編集者の方々とも議論したことがあるのですが、報道の基本的な考え方であるとして、それを改めるのは難しいとの反応でした。

 それでは両論併記を打破するにはどうしたらいいのでしょうか。

大半の科学者が合意する事項であれば単にその合意事項のみを伝えるほうが誤解がなくていいようにも思いますが、巷で反対意見が見られるような社会的問題が絡む事項については、科学者の主張を「統一見解」としてまとめてしまうことで、反対意見を封じ込めようとしていると捉えられてしまえば、科学者に対する一般の人からの不信感を招いてしまう可能性があります。(「統一見解の問題点」の記事を参照。)

やはり複数の意見を示した方が人々の納得が得られやすいはずです。

マスコミ報道では紙面や放送時間の制約があるため、多くの意見を取り上げることができず、編集者が選んだ「代表的」な両論を対比させる構造になっていますが、もっと多くの科学者直接的に届けることができたらどうでしょうか。理想的には、科学者の様々な考え方をできるだけ広く多く集めて、そうした意見を一覧できるように見える化することが必要だと考えます。

 続きは「科学者の意見分布の見える化」の記事をお読みください。

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この記事を書いた人

鳥居 寛之

東京大学 大学院理学系研究科 准教授
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。東京大学大学院総合文化研究科助手・助教を経て現職。第1種放射線取扱主任者として放射線管理にも従事。専門は放射線科学、素粒子原子物理学。宇宙線にも含まれるミュー粒子という素粒子を含んだエキゾチック原子を加速器施設で生成し、その分光実験によって素粒子の性質を精密に調べる研究を進めている。一方で、福島原発事故以来、放射線教育に注力し、大学での数々の講義のほか高校・一般向け講座も多数担当した。科学コミュニケーションの教育・研究にも携わり、特に、放射線に関するTwitterビッグデータ解析に異分野協同で取り組んで、SNS時代における科学者の情報発信と社会とのあり方を考え続けている。

著書
「放射線を科学的に理解する — 基礎からわかる東大教養の講義」丸善出版 (2012)(共著筆頭著者)
「科学コミュニケーション論の展開」東京大学出版会 (2023)(一部分担)