SNS社会で科学者にできること

In the SNS Society
What Scientists Can Do.

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#3.11#メディア#原発事故#放射線

科学者の情報発信に求められること

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科学者による情報発信の理想は、それぞれの科学者がどのような科学的事実に基づいてどのような見解を持っているのかといった意見の分布を一覧できることです。
この仕組みを実現するために必要なことについて整理しました。
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3.11発生当時の情報の混乱について調べたい人
有事の際、専門家の見解をどのように参考にすべきか知りたい人

専門の違う科学者同士が連携して情報発信をする取り組みが極めて重要。
活動の継続性と情報拡散力強化のために科学者を守り、支援する体制づくりが求められる。

 原発事故にせよ、コロナ禍にせよ、科学者にはそれぞれの専門知を生かして、一般の人に届く形で、さまざまな情報を包み隠さず的確に伝える姿勢と努力が求められます。

クライシス時においては状況が時事刻々と変化し、事故の状況や放出される放射性核種の量、あるいはウィルスの性質やそれが引き起こす症状などについての情報そのものが断片的で過渡的であることも多いため、いかに専門の科学者といえども、初期の頃に発した見解が後になって間違っていたということもたくさん経験することでしょう。しかし間違いを恐れていては時節を得た情報発信はできませんし、発信を躊躇していれば、専門家を自称する異端の見解や素人の間違った意見が蔓延することを許してしまいます。

後で間違いに気づいたら、あるいは状況に変化が生じたら、その時点で素早く訂正すればいいという覚悟を持ったうえで、現時点で考えられる最良の考えを、できるかぎり早く、的確に伝えるという心がけが必要です。

 科学的知見について情報提供する際には、できる限り根拠を示すことが重要です。例えば、我々のグループで20113月に関東圏の浄水場で水道水への放射性ヨウ素汚染が問題になった頃の自治体からのTwitter発信とその反応を調べた研究では、根拠を含めて発信した方が反発や疑問の声が少なかったことがわかっています。

 また、情報発信の活動は継続的でないと効果が萎んでしまいます。原発事故当時にSNS(特に Twitter)上で科学的発信をした科学者は多くはなかったのですが、それでも当初はその情報提供が重宝がられてフォロワー数が一気に十数万に跳ね上がってインフルエンサーとなった人もいます。放射線治療の専門家からなるグループによる発信は、最初の1ヶ月は良かったのですが、そのうちに本業との両立が難しくなり、活動は長続きしなかったと言います。

また、放射線の危険性を信じる人々から御用学者呼ばわりされたり、誹謗中傷に留まらず、個人攻撃や脅迫めいたメッセージが届くという生々しい体験談も、複数のインフルエンサーから聞きました。積極的に情報発信をする科学者を守る体制づくりが求められます。

 専門分野の学会など組織での情報発信も重要ですが、組織が大きくなると組織内にも様々な考えの人がいて、自由な発信ができなかった実態もありました。

一方で、日本保健物理学会と言って、その名称からはわかりにくいですが、放射線防護を専門とする学会において、比較的少人数の有志により、一般の人からの質問に答えてウェブページ上に掲載するという精力的な活動をされたグループがあり、その活動は一定の評価を得ていました。

ただ、国民全体からすればその活動が広く知られるところまでは行かず、そうした有益な情報をいかにして多くの人々に知らせるか、宣伝手法も今後の課題でしょう。

 なお、科学者がみな一般の人に対して平易な言葉で科学的内容を伝える能力に長けているわけではありません。そういう訓練を積んだ科学コミュニケーターには、通常の科学の楽しさを伝える役割だけでなく、クライシス時にリスク情報も的確に伝えるという役割も今後は求められることになるでしょう。

 我々の研究によるネットワークシミュレーションの結果からは、科学者同士が専門分野を超えて広く連携し、いざというときに協力し合える体制づくり、せめてそのための人脈作りが決定的に重要であることがわかっています。

Twitter (X) をはじめとするSNS上では、人々の意見の隔たりが大きく、近い意見の人たちのグループ内部で頻繁にやりとりを繰り返す一方、異なる意見のグループとは分断が顕著なのですが、科学者あるいは科学的事実に基づいて発信する人たちの間で、グループ内のやりとりが少ないことが明らかになっています。

感情的な発言者同士で結束を強めるグループに対抗するためにも、科学者同士の連携、また、科学者のインフルエンサーを支持し、その内容を直接的に広める支援者(学生、科学コミュニケーター、科学愛好家、その他の一般の人たち)の存在が極めて重要だというのが我々の研究のひとつの結論です。

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この記事を書いた人

鳥居 寛之

東京大学 大学院理学系研究科 准教授
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。東京大学大学院総合文化研究科助手・助教を経て現職。第1種放射線取扱主任者として放射線管理にも従事。専門は放射線科学、素粒子原子物理学。宇宙線にも含まれるミュー粒子という素粒子を含んだエキゾチック原子を加速器施設で生成し、その分光実験によって素粒子の性質を精密に調べる研究を進めている。一方で、福島原発事故以来、放射線教育に注力し、大学での数々の講義のほか高校・一般向け講座も多数担当した。科学コミュニケーションの教育・研究にも携わり、特に、放射線に関するTwitterビッグデータ解析に異分野協同で取り組んで、SNS時代における科学者の情報発信と社会とのあり方を考え続けている。

著書
「放射線を科学的に理解する — 基礎からわかる東大教養の講義」丸善出版 (2012)(共著筆頭著者)
「科学コミュニケーション論の展開」東京大学出版会 (2023)(一部分担)