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「異分野異年齢で集うワクワクなんでサロン」シリーズその1: 2025年5月30日(金)報告

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宇宙で活躍しようとすると、放射線の危険がどの程度あるのかなど、地球とは異なる環境の中での生体への影響が問題になります。そこで、宇宙のなかでの放射線の生体影響がどの程度あるのかなどの研究をされている医学研究科 実験動物学森田 隆先生をお迎えして、宇宙への進出の状況も含めてお話ししていただきました。
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宇宙放射線の生物学的影響の解析 (国際宇宙ステーション(ISS)で1,584日間凍結保管されたES細胞の解析研究)

この研究会では、森田大阪市立大学名誉教授と吉田 佳世准教授らが、2024年にJAXA等との共同研究として「International Journal of Molecular Sciences」誌に発表した、”Stem Cells”プロジェクトで長期にわたって国際宇宙ステーションに凍結保存したマウスES細胞の遺伝子発現への影響に関する論文を中心とした研究が紹介されました。

この論文は、2024年度NASAの「Annual Highlights of Results from the International Space Station」に選出されました。このレポートは、2023年10月1日から2024年9月30日までに出版された査読済みの科学的研究や、過去に出版された書籍や特許など、宇宙に関する論文361編の中から、NASA、CSA(カナダ宇宙機関)、ESA(欧州宇宙機関)、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、およびRoscosmos(ロシア国営宇宙公社)のメンバーによって選定、作成されたものです。吉田准教授らの論文は、Biology and Biotechnology分野の5編のうちの1編として選ばれました。

なお、吉田准教授らの論文は2022年にも選出されており、今回で2度目の快挙となります。

【発表雑誌】

International Journal of Molecular Sciences:Transcriptome Analysis by RNA Sequencing of Mouse Embryonic Stem Cells Stocked on International Space Station for 1584 Days in Frozen State after Culture on the Ground(国際宇宙ステーションで1584日間凍結保存されたマウス胚性幹細胞のRNA配列決定によるトランスクリプトーム解析※)

【著者】 Yoshida K, Hada M, Hayashi M, Kizu A, Kitada K, Eguchi-Kasai K, Kokubo T, Teramura T, Hashizume Suzuki H, Watanabe H, Kondoh G, Nagamatsu A, Saganti P, Muratani M, Cucinotta FA, Morita T. https://doi.org/10.3390/ijms25063283

 

研究内容:国際宇宙ステーション(ISS)のマイナス80度実験室フリーザー(MELFI)に凍結マウスES細胞を1584日間保存した。この細胞を地上に持ち帰った後、解凍・培養し、RNAシークエンシングを用いて遺伝子発現を網羅的に解析することで、様々な電離粒子からなる宇宙放射線への長時間さらされた時の細胞への影響、すなわち二本鎖切断(DSB)修復等に関与する遺伝子発現について検討した。その結果、相同組換え(HR)や非相同末端接合(NHEJ)に関与する遺伝子の多くは、宇宙ステーション滞在細胞と地上滞在対照細胞との間で発現に有意な変化は見られなかった。しかし、Trp53inp1(腫瘍タンパク質53誘導核タンパク質-1)、Cdkn1a(p21)、Mdm2遺伝子の転写は、国際宇宙ステーション滞在細胞及びFeイオン照射(地球上でFeイオン放射線を照射)細胞で対照細胞に比べて増加していた。このことは、宇宙放射線被曝によって蓄積されたDNA損傷が、直接的あるいは間接的にp53タンパクを活性化させ、修復やアポトーシスのための細胞周期停止に関与するこれらの遺伝子発現を誘導し、損傷ゲノムを持つ細胞の増殖や腫瘍形成を防ぐことを示唆している。

ちなみに、これまで宇宙環境における放射線は複雑な粒子線を含むにもかかわらず、物理学的吸収線量から国際放射線防護委員会(ICRP60)より勧告された線質係数を用いてその影響を線量当量として表されていた。吉田准教授らは、この推定値が実際の宇宙放射線の生物学的影響と乖離があるのではと考え、ISSにあげた凍結マウスES細胞を短期間培養の後、染色体異常を解析することにより、国際宇宙ステーションでの細胞への生物学的影響を解析し、0.55mSv/日であることを明らかにした。この結果は生命科学実験のための受動的線量計(PADLES)によって測定された物理学的線量(MELFIにおける宇宙放射線の吸収線量率は0.36mGy/日)からICRP60の定めた線質係数により計算された線量当量率(0.53mSv/日)とほぼ等しいことを示し、低線量、低線量率の宇宙放射線のリスク評価の不確定性を少なくする2022年の成果に言及した。

 

上述のような森田先生の研究紹介に加えて、物理系・生物系の研究者から多様な質問が出され、更に、それぞれの研究者の研究経験からの質問がなされ、議論が白熱した。異分野の研究者が、それぞれの立場から意見を出し合い、非常に専門的な質問と、素人の立場からの質問が、飛び交う研究会であった。

(文責:宇野賀津子)

 

用語(追加)説明

※マウスES細胞:マウスの初期胚(胚盤胞)から将来胎児になる細胞集団(内部細胞塊)の細胞を取り出し、あらゆる細胞に分化できる能力(多能性)をもったままシャーレの中で培養し続けることができるようにしたものをES細胞(胚性幹細胞)という。

※トランスクリプトーム解析:細胞で発現されている遺伝子を網羅的に解析する方法。RNAの配列(シーケンス)を解析することで、遺伝子の転写物(トランスクリプト)の量を定量化し、どの遺伝子がどれだけ発現しているかを測定することができる。

※地球上では、大気が地球に侵入する宇宙放射線を遮へいしています。地球は、この大気によって私たちが暮らす地球表面に降り注ぐまでに宇宙放射線を1/100に減少させています。

 

主催:環境省 原発事故後のSNSデータの分析を基盤とした、行政および科学者からの正確で効果的な情報発信の研究班、分担班:放射線に関する情報を的確に把握し、迅速に適切な情報発信を行う体制の構築班

共催:公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センター

NPO法人 知的人材ネットワークあいんしゅたいん

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