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##アーカイブ##セシウム137##放射線生物影響##福島第一原発事故##被災動物

「異分野異年齢で集うワクワクなんでサロン」シリーズその5:2025年10月17日(金)報告

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2011年3月、東日本大震災に伴って起きた福島第一原発事故によって大量の人工放射性物質、特に放射性セシウムが環境中に飛散した。原発から半径20km圏内に警戒区域が設定され、域内に家畜が遺棄された。当時、福本学先生が所属する東北大学加齢医学研究所が中心となって国内複数の研究室による福島第一原発事故被災動物の包括的線量評価事業(被災動物プロジェクト)を立ち上げ、8月末から2014年3月まで警戒区域内の家畜、その後現在に至るまで、被災地域の野生ニホンザルの採材と生物影響調査を継続的に行っていることが紹介された。

福島第一原発事故被災動物の包括的線量評価事業の成果と今後

講師:福本 学(東北大学災害科学国際研究所 特任教授)

 

概要

福島第一原発事故後15年が経過しようとしている現在、環境中のセシウム137濃度は激減している。調査した被災動物は軽度酸化ストレス状態にあるものの、放射線感受性が高いと考えられる精巣を含めて、肉眼的に顕著な変化は観察されていない。被災動物プロジェクトの立ち上げ、得られた成果、そして今後の方向についての報告がなされた。

 

はじめに:放射線発がん機構を考える上での問題点

本題に入る前に福本先生は、下記のように問題点を述べた。

1.内部被ばくと外部被ばくをどのように考えるのか(線量分布と線量)。

2.晩発障害は発がんだけなのか(遺伝子影響の定義)。

3.物理的な放射線でどんなときに細胞死や発がん(不死化)が起きるのか。その違いはどこにあるのか(急性障害と晩発性障害)。

4.白血病と固形がんの違いについてどこにあるのか(発がんの分子機構)。

5.被ばくしなくてもがん化することを考えると、被ばく細胞とがん化する細胞(組織幹細胞)を単純に考えてはいけないのではないか。

6.どれだけの線量・線量率だったら発がんするのか(被ばく線量の積み重ね・線量価)。

そのうえで被ばくしてから現実には長い潜伏期間があり、がんが見えてこないことも問題であると指摘した。

 

福島第一原子力発電所事故による被災動物の包括的線量評価事業(被災動物プロジェクト)

2011年3月11日14時46分に東日本大震災が起こり、翌日には福島第一原発1号機で水素爆発、原発より20㎞圏内で避難指示が出された。そのときに、多くの家畜が置き去りにされた。東北大学の加齢医学研究所(当時)では他大学や研究所、企業と協力して警戒区域の家畜への放射線の生物影響について調査することとなった。

その背景には放射線の人体への影響は事故からしか学べないという考えがある。福島の事故の生物影響調査を行い、信頼できるデータを後世に残すことが日本の科学者の責務だと考えた。データ化し、アーカイブを構築をしておけば、今わからないことでものちに解明できる可能性がある。2011年8月から安楽死処分された家畜からの採材を始め、ウシ血中・臓器中放射性物質と放射能濃度、生殖細胞への影響、酸化ストレス、ブタ小腸の免疫関連遺伝子発現、アカネズミの精子形成への影響等、多岐にわたる研究を実施した。

被災家畜プロジェクトの概要は次の通り。

1.福島原発事故に伴う被災動物の臓器アーカイブを構築した。

2.全臓器に134Csと137Cs(放射性Cs)が検出された。

3.血中放射性Csの放射能は、臓器への集積量を推定するパラメーターとなる。

4.放射性Cs濃度は骨格筋で最も高く甲状腺では低いことが明らかとなった。各臓器において、母体よりも胎児・仔で高い傾向であった。

5.肝に110mAg、腎に129mTer、硬組織に90Srが検出された。

6.細胞増殖系臓器では、細胞回転が加速しているが、成獣では軽度骨髄抑制が起こっていた。

7.軽度酸化ストレス下にあり、免疫能に影響している可能性があった。

8.長期、持続的被ばく影響を知るためには加齢や適応応答を考慮する必要がある。

現時点で、どの種にも明らかな形質異常は見つかっていない。将来、恒常性の破綻があるかについては、今後の課題となる。

野生ニホンザルへの生物影響調査

野生ニホンザルはヒト類似のゲノム構造であり、長寿命(発がん観察に好適)、汚染地域に常住(放射線恐怖症と無縁)、路地ものを摂食していることから、ヒトを念頭においた放射線の影響調査に最適であると考えた。野生ニホンザルデータは、公衆・作業者の放射線リスク関心領域と実験データが十分な領域の間の欠落している領域を補うものとしても重要である。そこで、サル内・外部被ばく線量率と骨髄白血球、抹消リンパ球における染色体転座、I-131の甲状腺被ばく、サル白内障と被ばくの関係等の継続的生物影響調査を実施している。

不溶性セシウム粒子(セシウムボール)の実験

In vitroで実験をし、セシウムボールによる遺伝子発現変化を観察した。放射性でないガラス球を置いたものと比較し、セシウムボールを置いたものは明らかに発現変化があり、ウイルス感染とインターフェロン関連のパスウェイの亢進があり、何か局所的に炎症が起こっていることが示唆された。

 

フィールドワークを終えて

1.動物たちは動き回るので、外部被ばく線量の幅が2.5倍あり、外部被ばく線量評価さえ難しい。線量評価の適正・標準化が困難である。

2.野生動物は自然が制御している。アカネズミの精巣では、繁殖期と非繁殖期で遺伝子発現量に有意差があり、実験には季節を考慮する必要がある。

3.発がんリスクの計算  人間の発がんリスクは広島の被爆者から考え(疫学からモデルと仮説)られているが、マウス実験から、放射線は癌を誘発するよりも発がんの時期を早めている可能性があるという放影研の研究紹介があった。

4.アーカイブの重要性  後世代へ財産として継承する必要、最終的にどこで誰が管理するか、有用性を証明し続ける必要など考慮すべき点はあるが、トロトラスト症アーカイブ(放射性物質を含む造影剤トロトラストを注入された患者に関する試・資料から分子病理学的に種々が明らかにされたように、将来的にさまざまなことを究明できる可能性があり、重要と考える。

 

福本先生のお話の中で、参加者からは遺伝子変異率と染色体変異率など低線量放射線の関連研究を行っている研究者から、質問がなされ活発な議論がなされた。さらに福島での甲状腺がんの調査結果や白内障の研究についても議論された。また森田氏は実験的な被ばく動物の研究について質問し、福本先生は動物倫理の制約により実験が困難だったことを説明した。

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この記事を書いた人

宇野賀津子

宇野賀津子(京大理学博士)
公益財団法人 ルイ・パストゥール医学研究センター
インターフェロン・生体防御研究室  室長

専門:(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター就職以来ヒトの免疫機能と疾患との関連の研究を一貫して進めている。対象は、癌患者のみならず糖尿病、リウマチ、キャッスルマン病、MPO-ANCA腎炎、最近ではCOVID-19と幅広く、インターフェロン・サイトカインの視点から一貫して研究をすすめている。
更にエイズ教育や外国人医療体制の確立、女性研究者支援活動にも係わる。
2011年秋からは日本学術振興会や日赤の要請で、福島県各地で低線量放射線の生体影響克服と食の重要性について講演活動をおこなった。その後、「放射線の影響とクライシスコミュニケーション」に関する先導的開発委員会 第二分科会主査、日本赤十字社「原子力災害における赤十字活動のガイドライン」作成のための研究会委員、生活関連の放射線に関する疑問への助言作成委員会副委員長等を務める。2016年より、3.11以降のtwitterによる情報発信の解析を進め、更にクライシス時のSNSによる科学的情報発信体制の研究を進める。

著書 
「低線量放射線を超えて:福島・日本再生への提案」小学館新書
「放射線必須データ32」創元社 分担執筆
「理系の女の生き方ガイド」ブルーバックス
「サイトカインハンティング:先頭を駆け抜けた日本人研究者達」日本インターフェロン・サイトカイン学会 京大出版会 編著