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「異分野異年齢で集うワクワクなんでサロン」シリーズその2: 2025年6月27日(金)報告

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変異は有害であり、変異原リスク評価や放射線治療に利用される。一方、放射線などの天然変異原下で原始地球に生命は誕生・進化し、現在の生物多様性を築いた。この相反する命題解明のため、高速高精度オミクス解析基盤を確立し、低線量率長期被ばくがもたらす生物影響の解明を目的とする研究を権藤洋一先生にお話しいただいた。太古地球以来、変異が進化に必要な多様性を産出しつつ、変異荷重を最小限に抑える最適変異率が、環境に応じて変動しつつ存在するという作業仮説を検証されている。

タイトル:低線量率長期放射線被ばくがもたらす影響研究の現状と今後の展望

概要

権藤講師の簡単な自己紹介。遺伝学、ゲノム学が専門であり、ここ数年、低線量・低線量率長期被ばく影響を、マウスをモデルとして解析している。社会への情報発信にあたっては、「多様性の尊重」「ヒトのこころの理解」が鍵になるとの前置きの後、以下、6項目の話題提供と議論が行われた:

  1. 放射線被ばくが危険であることは周知の事実!?

高線量被ばくは科学的エビデンスに基づいたデータも蓄積されている一方、次世代への影響、とくに、低線量率長期被ばくについては科学的データがほぼないのが現状である。

  1. 低線量・低線量率放射線とは

環境省HP資料をもとに、自然放射線被ばくは日本では0.1mSv/hr以下。インド・ケララ地方のように1mSv/hrと高い場合もある。宇宙ステーションでは20.8〜41.6mSv/hrなど、ここでは、100mSv/hrまでを低線量率として議論した。

  1. メガマウスプロジェクトと低線量・低線量率被ばくデータ

Russellらが半世紀近く大規模解析した特定座位試験(SLT: specific locus test)が紹介された。とくに、自然放射線のみで生じるバックグランド変異率の精度紹介があり、低線量率被ばくではデータがないため、高線量被ばくデータから比例して外挿する直線閾値無し(LNT: linear non-threshold)モデルが、仮定を最も必要としないモデルとして現在も多く用いて議論されていることが紹介された。ほかに、閾値ありとするモデルや、よく温泉などで効用が表示されるような放射線ホルミシス効果があるとするモデルも知られているものの、検証比較するための精度の高いデータが全くないのが現状である。

  1. ICRP pub103 (2007) – LNTモデルとALARA原則

国際的に放射線防護を提言勧告するICRPの最新版ICRP pub103(2007)が基準として採用されている。この報告では、1955年に「閾値の有無を検証できないことを踏まえ、LNTとALARA原則に基づき、低線量被ばくの防護基準を考慮することが提唱され、1973年に公式に採用され、提唱から80年経過した今日でも、閾値の有無の検証が不可能なまま最新版ICRP pub103(2007)でもLNT/ALARA原則に基づく勧告となっていることが紹介された。

  1. 新しいゲノム解析技術を用いた新しいリスク評価法

低線量率長期被ばく影響について、閾値の有無を検証するには少なくとも(SLT法などの従来法に比べ)100倍以上の精度と効率で科学的データを集積する必要がある。2010年以降、利用が急速に広がった次世代シーケンシング法を用いた「全ゲノム解読法(WGS: whole-genome sequencing)」を用いると、用いるマウス数、要する時間、検出できる変異数の3点だけ比較しても、6400万倍の効率で変異を検出できることが示された(e.g., Gondo RPD 2022)。

  1. 現在、進行中の低線量・低線量率放射線被ばく影響解析

日本の放射線生物学研究グループ(C195委員会など)の支援のもと権藤、角山が環境省放射線事業研究として進めているWGSを用いた低線量率長期被ばく影響解析の研究状況の紹介があった。

  1. 今後の課題

1)WGS法を用いると閾値の有無が科学的に検証できるか、2)どういった変異が誘発されるか、3)雌雄で影響が異なるか、4)生活習慣など環境の影響との相互作用はあるか、5)ガンマ線以外の放射線影響は、6)マウスにおける実験データがどこまでヒトにあてはまるか、7)WGSで検出される変異の多くが中立変異であり放射線被ばくの有害度とどのくらい相関があるか、といった今後の課題がリストで示された。また、権藤・角山環境省放射線事業研究で得られた結果は論文や講演などで公開する。WGSビッグデータも国立遺伝研DDBJに寄託し公開する。一方で、得られたDNAやマウスの多くも現在凍結保存しているので、結果の再現性や再検証のため、また、未解析の被ばく線量や被ばく期間など、さらにデータを集積できるバイオバンクとしても有用であり、誰でも自由に活用できる低線量率長期被ばく実験バイオバンクとして公開利用も今後の課題であることが紹介された。

権藤先生の講演を通して、現在の技術をつかえば、1951年からオークリッジで行われた300万匹とも言われるマウスを使った実験の結果を、桁違いに少ない数のマウス実験で検証できることを知った。とりわけ、低線量長期間にわたる実験などの解析には大きな力となろう。放射線の影響以前に、バックグランド(自然)変異は予想以上に大きいことにラッセルらは気がつきながら、十分に解析されてこなかったと考えられる。ラッセルらの時代は、マウスの変異を、マウスの可視変異(毛の色とか目の色)を、一匹一匹確認することにより、放射線影響を解析していた。そのためには、時として、一つの実験で数万匹のマウスをチェックすることが、必要であった。現在の技術をもってすれば、数十匹のマウスの遺伝子を解析するだけで、可能である。権藤先生らの今後の解析の発展に期待しよう。

(文責:宇野賀津子)

用語(追加)説明

※全ゲノム解読法(WGS: whole-genome sequencing) 次世代シーケンサー(NGS)を用いて、ヒトゲノムの塩基配列を決定します。全ゲノム領域を対象として変異検出を行うことで、より包括的にゲノム配列の違いや変化を捉えることができます。Single Nucleotide Variation (SNV)に加え、一部のShort Insertion/Deletion (InDel)、転座などの構造変異、Copy Number Variation (CNV)も検出可能です。

※特定座位試験(SLT: specific locus test) 特定座位法とは、あらかじめ調べる遺伝子座(標識遺伝子座)を決めておき、野生型遺伝子に起こった突然変異を、潜性(劣性)同型接合体(テスター)とかけあわせることによってF1で検出する方法である。

※LNTモデルとALARA原則 LNTモデルとALARA原則は、放射線防護における重要な概念です。LNTモデルは、放射線被曝と健康影響(主に発がん)の関係を線形的に捉え、どんなに低い線量でもリスクが存在するという考え方です。一方、ALARA原則は、合理的に達成可能な限り放射線量を低く抑えることを目指す原則です。LNTモデルはリスク評価の基礎となり、ALARA原則は具体的な防護活動の指針となります。

主催:環境省 原発事故後のSNSデータの分析を基盤とした、行政および科学者からの正確で効果的な情報発信の研究班、分担班:放射線に関する情報を的確に把握し、迅速に適切な情報発信を行う体制の構築班

共催:公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センター

NPO法人 知的人材ネットワークあいんしゅたいん

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