国内における標的アルファ線治療(TAT)に用いる医療用放射性同位元素 第1回 標的アルファ線治療(TAT)のさきがけ「ゾーフィゴ」
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わかることUnderstandable - 標的アルファ線治療(TAT)に使用される主要核種(Ra-223、Ac-225、At-211)の特徴、核種の製造方法、開発経緯、国内における製造・開発の動向について。
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はじめに
標的アルファ線治療(Targeted Alpha Therapy : TAT)が実用化されたのは、Ra-223(ラジウム223)を成分とする「ゾーフィゴ(Xofigo)」[1]からです。Ra-223は、体内に注入されると、骨転移巣に集積し、局所的に高LET放射線であるα線を放出してがん細胞を損傷します。α線はDNAの二重鎖切断を効率的に引き起こすため、低LET放射線(β線やγ線)と比較して強い細胞殺傷効果があり、さらに飛程が短いため、周囲の正常組織への影響は最小限に抑えられるため、がん治療に適しています。
ここでは、最初にゾーフィゴ(ラジウム223)からはじめて、最近のTATに使われる医療用放射性同位元素(アクチニウム225とアスタチン211)の国内製造を目指した動向について説明します。
ゾーフィゴ(Ra-223)について
ゾーフィゴ(一般名:塩化ラジウム、Ra-223)は、ノルウェーのAlgeta ASA社により開発が開始され、2009年からはBayer HealthCare社と共同で開発が進められました。本薬剤は、「骨転移のある去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)」の治療を目的として、2016年3月に国内でも製造販売の承認がされ、使用されています。
Ra-223は、医療機器などから回収されたラジウム線源(Ra-226)が原料となります。Ra-226を原子炉で中性子を照射することにより、(n,γ)反応によりRa-227が生成され、これがβ崩壊してAc-227(アクチニウム227)となります。Ac-227は半減期21.7年の比較的長寿命の核種であり、Ra-223を安定的に供給可能なジェネレータ[2]になります。この崩壊系列(Ac-227 → Th-227 → Ra-223)によって生成されたRa-223を抽出し、薬剤に使用します。
当初、Ac-227の製造はノルウェーの研究炉JEEP IIにて行われていましたが、2019年にJEEP IIの廃炉が決定されたことにより、現在では主に米国のオークリッジ国立研究所(ORNL)にて製造が行われています。ここで製造されたAc-227は、ノルウェーのバイエル社の施設に輸送され、Ra-223の抽出と製剤が行われています。
Ra-223はアクチニウム系列に属し、最終的に安定なPb-207(鉛207)に至るまでに短時間で4回のα崩壊を起こします。
国内では、Ra-223の製造拠点は存在せず、使用される製剤はすべて海外からの輸入に依存しています。そのため、TATに使用される放射性同位元素の製造の安定体制の維持が重要な課題とされています。
[1] ゾーフィゴ(バイエル薬品株式会社), https://www.xofigo.jp/
[2] ジェネレータとは、比較的半減期の長い親核種から、比較的半減期の短い娘核種を継続的に生成し、娘核種を単離して利用できるようにした装置のことをいう。検査用核種のTc-99mをその親核種Mo-99から生成するジェネレータが有名。
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