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##LNTモデル##低線量被ばく##放射線生物学#WAMモデル#チェルノブイリのオオカミ

チェルノブイリ立入禁止区域における生態学的観測の理論的解釈 ― もぐらたたき(WAM)モデルによる線量率効果の検討 ―

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チェルノブイリのオオカミは、がんに対する耐性を得ている…最新の研究で明らかに
https://www.businessinsider.jp/article/282501/
とか、
事故から30年、チェルノブイリが動物の楽園に
生態系を調査、放射能よりも人間の存在が影響大
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/042100148/
チェルノブイリを徘徊するオオカミたちは突然変異で抗がん能力を獲得していた
https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/145043
などの記事がネット上で広がっています。私たちは、チェルノブイリ地域の線量で、狼がその地域で生きていけるのか検討してみました。

 

題名: Theoretical interpretation of ecological observations of the Chernobyl Exclusion

Zone: application of the Whack-A-Mole (WAM) model

著者: Masatsugu Isse, Hiroyuki A. Torii, Kazuko Uno, Hitoshi Fujimiya, Masako Bando

掲載誌: International Journal of Radiation Biology

出版日: 2026年2月2日 (online)

Link: https://doi.org/10.1080/09553002.2026.2619558

この論文は、環境省鳥居班の班会議において、坂東昌子氏が提案した「狼論文構想」に始まり、共同研究を進めて執筆したものです。 坂東氏の研究グループは、低線量率放射線の生物への影響を記述する数理モデルとして、Whack-A-Mole(WAM:もぐらたたき)モデルを開発し、これまで多数の論文を発表してきました[1]。WAMモデルは、放射線による損傷生成と、生体の修復・除去過程を取り入れ、線量率に依存した生物影響の時間発展を扱えるもので、マウス・ハエなど多様な生物において、その妥当性が検証されています。

 

図1. さまざまな生物における突然変異発生頻度の
WAMモデルによる理論値と実験値の比較
(坂東氏の研究班での発表資料より)

今回、チェルノブイリ原子力発電所事故後に設けられた、立入禁止区域(CEZ)の中で繁殖しているオオカミ[2]への放射線影響の説明にWAMモデルが適用できるのではないかという発想で、低線量率の放射線による生物学的な影響を検討したものです。これとともに、修復・除去過程を省いたモデル(線形しきい値なし(LNT)モデル)との比較を行いました。LNTモデルは、よく知られている通り、放射線防護のための保守的な仮定として広く用いられていますが、低線量率の影響評価への適用については、賛否が分かれ、科学的な議論が続いています。

 

図2. さまざまな線量率でのWAMモデルで計算した変異の発生頻度と、
修復・除去過程を省いたLNTモデルでの変異の発生頻度の比較
(発表論文より)

図3. さまざまな線量率でのWAMモデルで計算した
変異の発生頻度と、実験値の比較
(坂東氏の研究班での発表資料より)

この論文では、複数の線量率の過程の下で、変異の発生頻度の時間変化と定常値を評価しています。その結果、CEZにおいて想定される線量率の範囲では、たとえ内部被ばくを含めた上限的な条件を仮定しても(図2の d=10μSv/h)、変異頻度の増加はバックグラウンド変異率に対して 1%未満にとどまることが示せました。

また、Gondo et al.[3]において、線量率を20mGy/dayまで上げた照射で、有意なSingle Base Substitution (SBS)の変異が観測されていることを踏まえ、WAMモデルでこの線量率を仮定すると、バックグラウンド変異率の2倍程度にしかならないことを示しました(図2の833μGy/h、および図3の”Doubling dose rate”)

これらの結果から、生物の修復・除去過程を考慮することにより、マウスへの照射実験の結果と、CEZに生息するオオカミへの影響を、同一のモデルで比較し、影響の程度を評価できたといえます。

一方で、CEZ のオオカミでは、内在性レトロウイルス(ERV)の活性化や免疫関連遺伝子発現の変化が報告されていますが、これらは、健康リスクの兆候と解釈するのではなく、損傷細胞の検出・除去や修復機構が機能している分子レベルの応答として理解できることが示唆されます。この解釈は、福島第一原子力発電所事故後の立入制限区域で観測されたイノシシなど野生動物の分子生物学的応答とも整合します。これらの議論を、私たちが執筆した論文では展開しています。

この論文は、WAMモデルが低線量率の慢性被ばく環境における生物応答を理解する有効な理論的枠組みとなり得ることを示すとともに、放射線の生物影響評価においては、線量率による影響の違いと、生体の修復・除去機構の役割をいずれも考慮することの重要性を示唆するものとなっています。今後の低線量率被ばくのリスク評価や放射線防護の基礎的な議論に一石を投じるものと期待しています。

(1)WAM Modelとは https://radi.rirc.kyoto-u.ac.jp/wam/aboutWAM.html

(2)事故から30年、チェルノブイリが動物の楽園に https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/042100148/ ; チェルノブイリのオオカミは、がんに対する耐性を得ている https://www.businessinsider.jp/article/282501/

(3)Yoichi Gondo, et al., A Multidisciplinary Challenge to Assess the Next-generation Risks of Low-dose-rate Long-term Gamma-ray Exposure by Whole-genome Sequencing in the Mouse Mode, ICRP 2023 Symposium (Tokyo), Day 2, Session 11, (2023). https://radi.rirc.kyoto-u.ac.jp/c195/archive/pdf/ICRP2023_11_Gondo.pdf


					
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