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#3.11#メディア#原発事故#放射線

科学者の意見分布の見える化

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科学的事項を「両論併記」で取り上げると極端な意見が強調されすぎてしまい、一方で科学者の合意事項を「統一見解」として一本化すると不信感を招く恐れがあります。
これらの情報発信の弊害を解消するために必要なことについて、研究グループの考えをまとめました。
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3.11発生当時の情報の混乱について調べたい人
マスコミ、マスメディアの報道のありかたについて考えたい人

科学者の様々な考え方を、その学者の専門も明らかにした上で一覧できる仕組みづくりが大切。
専門家の意見分布が見えれば、一般市民も自分で判断できる。

 「マスコミの両論併記」の記事では、メディアがよく使う手法である両論併記が科学的事項に関する科学者の見解についても適用されてしまって、多くの科学者が合意する考え方ではない、極端な科学者の意見が必要以上に強調されて取り上げられてしまうという弊害について説明しました。

一方で、科学者の合意事項を「統一見解」として一本化することの弊害も「統一見解の問題点」の記事で説明しました。

 我々研究グループとしては、科学者の様々な考え方を、その学者の専門も明らかにした上で、なるべく広く集めて公開し、専門家の意見分布がわかるような形に見える化することが重要であると考えています。

科学者の間にも多少の意見の相違があったとしても、その意見の振れ幅がどれくらいであるのか、一般の方が自分で確かめることによって、たとえば、意見が分かれているように見えても科学者の意見はここの部分には争いがなくて、ここの部分は意見が分かれるようだが、でも多くの学者はだいたい同じようなことを考えているようだな、とか、たまに全く正反対のことを主張している学者がいるが、学者と言っても実は専門外の人だった、といったことを自分で判断できることになるわけです。

紙面や放送時間の制約から、併記された両論以外の意見が見えないマスコミと違って、選択された両論というのが半々で対立する両意見なのか、多数意見と少数意見なのか、3つ以上の異なる意見があるのか、その意見の分布はどんな感じか、ということが分かるのです。

 社会的課題に関連した科学的事項について、科学的事実に関してほとんどの科学者間で考えに相違がなくても、課題に対する見解はそれぞれ異なることがあります。それは専門家として専門知に基づく考えである場合もあれば、むしろひとりの科学者としての意見であったり、個人的な価値観に基づく私見である場合もあります。

それぞれの科学者が少しずつ違うことを言っていたとしても、どの部分が科学的合意事項であり、どの部分は科学的にも真偽が定まっていない事項であり、またどの部分は科学者個人の意見であるのか、そういったことは、さまざまな意見に接するなかで読者が自分で判断すればいいのです。

それぞれの科学者・専門家が違った言い方で見解を述べていたとしても、伝えるべきメッセージ、その内容の根幹は同じなのだと気づくことも多いでしょう。

 2014年に「美味しんぼ」という人気漫画が「福島の真実編」として、福島では子どもの鼻血が続出しているという表記をして社会的に問題となったことがありました。医学的にはそんな事実はありませんし、もし本当に鼻血が増えていたとしても、現地の放射線量を考えれば、放射線が原因だとすることは放射線物理学・放射線生物学・医学の観点からも非常に考えにくいことです。

ただ、様々な専門家と称する人たちからいろんな議論が沸き起こったのも事実です。この漫画を掲載した雑誌は数週間後に特集を組み、様々な専門や立場の人や団体、あるいは自治体などから寄せられた意見を、10ページにわたって、賛成も反対も区別せずそのまま掲載しました。

漫画そのものは科学的にも社会的にも問題のある表現内容で悲しい出来事でしたが、それが注目されて様々な議論が沸き起こり、その意見が一覧できる形で掲載されたことはよかったことだと私は考えています。

 日本人は議論することが苦手だとよく言われますが、どういう人や組織がどういう意見を述べているのか、科学の問題で言えば、どのような専門の科学者がどのような科学的事実に基づいてどのような見解を持っているのか、そうした意見分布が透明性を持って公開されることが理想だと思いますし、そうした情報が一覧できるようなプラットフォームの構築を目指す必要があると考えています。

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この記事を書いた人

鳥居 寛之

東京大学 大学院理学系研究科 准教授
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。東京大学大学院総合文化研究科助手・助教を経て現職。第1種放射線取扱主任者として放射線管理にも従事。専門は放射線科学、素粒子原子物理学。宇宙線にも含まれるミュー粒子という素粒子を含んだエキゾチック原子を加速器施設で生成し、その分光実験によって素粒子の性質を精密に調べる研究を進めている。一方で、福島原発事故以来、放射線教育に注力し、大学での数々の講義のほか高校・一般向け講座も多数担当した。科学コミュニケーションの教育・研究にも携わり、特に、放射線に関するTwitterビッグデータ解析に異分野協同で取り組んで、SNS時代における科学者の情報発信と社会とのあり方を考え続けている。

著書
「放射線を科学的に理解する — 基礎からわかる東大教養の講義」丸善出版 (2012)(共著筆頭著者)
「科学コミュニケーション論の展開」東京大学出版会 (2023)(一部分担)