国内における標的アルファ線治療(TAT)に用いる医療用放射性同位元素 第2回 新たなアルファ線治療用核種(Ac-225とAt-211)の国内製造に向けて
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わかることUnderstandable - 標的アルファ線治療(TAT)に使用される主要核種(Ra-223、Ac-225、At-211)の特徴、核種の製造方法、開発経緯、国内における製造・開発の動向について。
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原子力委員会アクションプランついて
標的アルファ線治療(TAT)に用いられる医療用放射性同位元素で、Ra-223に代わって開発が進められているのが、Ac-225(アクチニウム225)および、At-211(アスタチン211)です。いずれも、Ra-223と同様、α線放出核種であり、高い治療効果が期待されています。
この2つの核種は、2022年5月に内閣府原子力委員会が策定した「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」[1]において「重要ラジオアイソトープ」[2]として明記され、国内での製造技術の確立と安定供給体制の構築が推進されています。
アクチニウム225について
Ac-225は、2016年頃に転移性前立腺がんに対する顕著な治療効果が報告されたことを契機に、世界的に開発が加速している核種です。特に前立腺特異的膜抗原 (PSMA)を標的とした標識薬剤との組み合わせで、化学療法に耐性を持つ症例でも有効であることが示されています。
従来、Ac-225はTh-232(トリウム232)に中性子を照射して得られるU-233(ウラン233)のα崩壊により生じたTh-229(トリウム229)をジェネレータとして製造されていました。しかし、U-233は核拡散防止上、制約が大きい核物質で、国内での製造・輸入は困難な状況です。
そのため、国内では主に以下のような、Ac-225の代替製造法が検討・実証されています。
- (1) 原子炉照射による(n,2n)反応
- 高速実験炉「常陽」[3]において、Ra-226に中性子を照射してRa-225を生成し、そこから崩壊を経てAc-225を得る方法。製造実証が進行中。
- (2) サイクロトロン照射による(p,2n)反応
- QSTと日本メジフィジック社[4]が共同で開発を進める技術。30 MeV未満の陽子ビームを用いて、Ra-226からRa-225を生成。
- (3) 電子加速器(LINAC)による(γ,n)反応
- 高出力電子線によりγ線を発生させ、Ra-226に(γ,n)反応を起こしてRa-225を生成する手法。
- (4) サイクロトロン照射による核破砕反応
- 100 MeV以上の高エネルギー陽子ビームを用いて、Th-232に核破砕 (スポーレーション)反応を起こし、Ac-225を直接生成。TRIUMF(カナダ)などで実用化研究。
これらの製法はすべて、国内での安定供給体制構築を視野に入れた技術開発として推進されています。また、IAEAのTECDOC 2057[5]には、これらの反応や技術開発の詳細が網羅的にまとめられています。
アスタチン211について
At-211(アスタチン211)は、α線を1回のみ放出するシンプルな崩壊系列を持ち、娘核の体外拡散が少なく、高い治療精度と安全性が期待される核種です。原料にはBi-209(ビスマス209、天然存在比100%)が用いられるため、安価で入手が容易という利点があります。さらに、At-211は崩壊過程で問題となる高いエネルギーのγ線を放出しないため、遮蔽や保管の面でも取り扱いやすいともされています。
At-211は、Bi-209に20 MeV以上のα線を照射することで、(α,2n)反応で生成されます。国内では中型のサイクロトロン(20 MeV以上)で、この反応が可能で、既存設備を活用できる点でも、国内の研究開発環境に適していると言えます。大阪大学、福島県立医科大学、理研、QSTなどが共同でAt-211薬剤の開発を進めており、また「日本アスタチンコミュニティ」[6]が設立され、国際連携による研究開発も進行しています。
まとめ
標的アルファ線治療(TAT)は、国内では2016年からRa-223の使用が開始されました。その後、2022年の原子力委員会のアクションプランにAc-225およびAt-211が掲載されるに至り、国の強力なバックアップの下、現在も開発が進められています。製造には国内の研究炉と加速器が使用されています。
この2核種は、今後のがん治療において重要な位置を占めると見込まれる医療用放射性同位元素であり、国内での自給体制の確立は、医療・産業の両面において極めて重要になっています。
[1] 原子力委員会、「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」, (2022), https://www.aec.go.jp/kettei/kettei/20220531.pdf
[2] 「ラジオアイソトープ」は「放射性同位元素」と同義。
[3] JAEA, 「アクチニウム‐225製造実証の推進」, (2023), https://www.aec.go.jp/kaigi/teirei/2023/siryo20/1-1_haifu.pdf
[4] QST, 「量研機構における、アクチニウム-225の製造に向けた取組」, (2023), https://www.aec.go.jp/kaigi/teirei/2023/siryo20/1-2_haifu.pdf
[5] IAEA-TECDOC-2057, Production and Quality Control of Actinium-225 Radiopharmaceuticals, (2024), https://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/TE-2057web.pdf
[6] Kohshin Washiyama, 日本アスタチンコミュニティ(JAC): A Hub for Skills and Knowledge of 211At and the Gateway to the World Astatine Community (WAC), https://www.aec.go.jp/kaigi/teirei/2024/siryo24/1-2-2_haifu.pdf
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