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#RI法#グレーデッド・アプローチ#放射性物質汚染対処特措法#放射線審議会#汚染土壌

セシウム汚染土壌は「放射性同位元素」ではない?-放射線に関する法律-

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福島第一原発事故によって拡散したセシウム137などの放射性物質が、どのような法律で規制されているのかを、RI法・炉規法・特措法など複数の法律の関係性を整理しながら、実務的な観点で解説しています。放射線に関する法体系の仕組みと限界、実務上問題点などの理解の助けになるでしょう。
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放射線や原子力に関する法律・制度に関心がある方
原発事故後の汚染土壌の規制に疑問を持ったことがある方
放射線医薬品や除染業務に関わる実務者・学生・報道関係者

福島第一原発事故によって、放射性物質が拡散され、今もセシウム137に汚染された土壌が福島県内を中心に存在しています。この汚染土壌はどのような規制がかかっているのでしょうか。

まず、思いつくのはRI法です。現在の正式名称は」「放射性同位元素等の規制に関する法律[1]です。2019年8月までは「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」が正式名称で、「放射線障害防止法」と呼ばれていました(以前は「障防法」とも略称されていました)。放射線障害を防止するための法律なのだから、原発事故で放出された放射性物質もこの法律に基づいて政府が規制すべきだろう、と普通の人は思いますし、そのような議論はよくされていました。しかしそれは、間違いです。

原子力発電所を規制する法律は「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」[2]、略して「炉規法」です。ウランの核燃料を燃焼させて発生したセシウムなどの放射性物質は、この法律に基づいて「核燃料物質によって汚染された物」として取り扱われます。つまり、規制する法律がRI法ではなく炉規法で、異なるのです。

RI法上のRI(放射性同位元素)は、RI法施行令[3]の第1条に定義がされていて、核燃料物質は除かれていますし、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)[4]で規制される放射性医薬品などもまた除かれています。あくまで、RIとして意図をもって精製しない限り、RI法では扱わないという立て付けになっています。もちろん、そんなことはどこにも書かれていませんが、現実的にはそのように運用されています。こういった事業の様態に応じた規制は「業規制」と呼ばれています。

一方、福島第一原発事故のように放射性物質(現在は主にセシウム137)が環境中に放出されてしまうことは、炉規法では想定していませんでしたので、事故発生当時は、汚染土壌を規制する法律がありませんでした。そこで出てきたのが、「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」[5]、という法律(平成23年8月公布)で、「放射性物質汚染対処特措法」とか、単に「特措法」と呼ばれています。この法律に基づいて、汚染土壌の8,000 Bq/kgの基準で廃棄物が仕分けされる運用となっています。

また、放射線作業に従事する労働者を被ばくから守るのは、RI法と炉規法にそれぞれ規定があるものの、それと並行して「労働安全衛生法」[6]に基づく「電離放射線障害防止規則」(電離則)[7]によっても規制されています。RI法や炉規法はあくまで、RI施設・原子力施設に対する、事業の規制という性質が強く、原子力規制委員会が所管していますが、被ばく管理は労働者保護の観点から厚生労働省が所管しています。同様に、除染に関しては「除染電離則」[8]が作られ、電離則に準じた被ばく管理を要求しています。

有名どころの法律では、上記のようなものですが、医療法、獣医療法、臨床検査技師法、船員法、郵便法、航空法、船舶安全法、国家公務員法、鉱山法、食品衛生法など(他にもまだあるかもしれません)にも、放射線に関する規定が散らばっています。これだけ法律があって、いろんな基準がバラバラにならないか、というのが心配になりますが、そこは「放射線障害防止の技術的基準に関する法律」[9]に基づき、放射線審議会が「放射線障害防止の技術的基準の斉一を図る」(同法第1条)とされていて、基準がバラバラにはならないようには考慮されています。

しかし、実際には放射性医薬品が一旦患者に投与されてしまえば、RI法ではまったく許されないほどの高濃度の放射性物質が、一般の下水道に流れても見過ごされるようになっていたりもするので、どこまで「斉一を図る」をまじめに考えているのか、ということも疑問がないわけではありません。バラバラに見える基準は「グレーデッド・アプローチ(等級別手法)」という言葉で正当化されます。ある意味ご都合主義的な対応が許されているとも言えます。しかし、現実的な問題が起きない限り、一見バラバラな制度も、そのままになってしまいます。例えば、各地方の水道局や衛生研究所などで、放射性医薬品を投与された患者由来のヨウ素131が検出されることがよくありますが、大きな問題にはなりません。一方で、原発で事故があった場合にヨウ素131が検出されると、大問題になります。この差は、科学的な側面ではないところが大きいように思われます。

科学的な側面と社会的な側面のバランスをとりつつ、放射性物質の利用形態の変化に合わせて、実効のある規制を絶えず求めることが、放射線・放射性物質を利用する側においても大事なことになるでしょう。

 

[1] 放射性同位元素等の規制に関する法律, https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000167

[2] 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律, https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000166

[3] 放射性同位元素等の規制に関する法律施行令, https://laws.e-gov.go.jp/law/335CO0000000259

[4] 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律, https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145

[5] 平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法, https://laws.e-gov.go.jp/law/423AC1000000110

[6] 労働安全衛生法, https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057

[7] 電離放射線障害防止規則, https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000041

[8] 東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則, https://laws.e-gov.go.jp/law/423M60000100152

[9] 放射線障害防止の技術的基準に関する法律, https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000162

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この記事を書いた人

一瀬昌嗣

合同会社一瀬研究所 代表社員
専門:原子核物理学、放射線測定。

高エネルギー重イオン衝突のシミュレーションによる研究を行い、北海道大学にて博士(理学)の学位を取得。
神戸市立工業高等専門学校 准教授、原子力規制庁 国際・放射線対策専門官、ミリオンテクノロジーズ・キャンベラ株式会社 M&Eエンジニアなどを経て、2024年から独立。同社と連携しながら、放射線測定・評価の実務を継続しつつ、新規の分野開拓を志向し、現在に至る。

著書:「放射線必須データ32」創元社 分担執筆
Web: http://isse.jp/