内部被ばくの危険説について 第4回:福島第一原発由来のセシウムホットパーティクルと社会的な落とし所
- この記事で
わかることUnderstandable - 内部被ばくリスクに関する疫学データ、ICRPによる通説と、危険性を大きく見積もった説(特にECRRの主張)を科学的・社会的観点から検討し、歴史的背景や裁判例を紹介しながら整理します。
広島・長崎での被爆という歴史から紐とき、原爆症認定訴訟を経て、福島原発事故後の内部被ばく危険説の流れと、その社会的な落としどころを考えるヒントが得られます。
- こんな人に
オススメ!Push - 福島第一原発事故後の放射性物質による汚染の問題を身近に感じてきた人。
広島・長崎の原爆の放射線影響に関心がある人。
放射線と社会の関係を整理して考えたい人。
福島第一原発由来のセシウムホットパーティクル
福島第一原発事故後に、高い放射能をもつセシウムを含む不溶性の微粒子が発見され、内部被ばくの危険性の根拠とされてきました。ICRPの内部被ばくの預託実効線量を算出する評価方法では、このような局所的に照射される内部被ばくのリスクは十分に考慮されているか、調べておく必要はあるでしょう。
この点、ホットパーティクルについても、「極めて高い線量を受ける微粒子近傍の細胞は、癌化よりも細胞死の経路をたどるため、全体のリスクは低くなると考えるのが順当である」というICRP国内メンバーの解説[1]では、なかなか納得できるものではなさそうです。
ICRPはたとえば、Pub 103 [2]で、「(B56) 肺又は他の組織中の“ホットパーティクル”(例えば,肺に沈着した難溶性で高比放射能のエアロゾル)の沈着の場合,それに関連する悪性疾患誘発の危険は,同じ放射能量の肺における均一な分布の場合と同じか又はそれより低い,と委員会は引き続き考える」と記述し、M. W. Charles, et al. [3]などを引いています。この論文では、ホットパーティクルによる不均一な内部被ばくは、同じエネルギーを均等に与えた場合よりも発がん性が高いという説に対して、人の疫学データ(Pu吸入による肺がん、トロトラストによる肝がん・白血病)、動物実験(in vivo)、細胞実験(in vitro)に基づき妥当性を検討し、ICRPが支持する臓器ごとに平均した線量に基づくリスク評価は、概ね妥当(誤差 ±3倍程度)と判断される、と結論されています。一方で、動物・細胞データでは、一部にがん化を促進する示唆はあるが、全体的には限定的とされています。
では、セシウムのホットパーティクルのリスクは、科学的にはどのように評価されているのかは、たとえば、日本保健物理学会のシンポジウム記録[4]や、環境省委託研究報告書[5]などからうかがい知ることができます。これらを見ても、不均質な内部被ばくについては、ICRPのこれまでの内部被ばく評価モデルを再検討・拡張が必要なことは示唆されていますが、ホットパーティクル単独のリスクを特定するのは現状では至っていないようです。
内部被ばくについての社会的な落とし所
実は、セシウムホットパーティクルが危険であるとする主張は、「子ども脱被ばく裁判」と呼ばれる訴訟において、根拠のひとつとされました。この判決文では、ICRP Pub 63 [6]、ICRP Pub 82 [7]、そして上述のICRP Pub 103を引用した上で、次のように判示されています[8]。
セシウム含有不溶性放射性微粒子の内部被ばくに関し,従前考えられていたものとは異なる内部被ばくのリスクがあるのか否か,あるとしてそのリスクの程度等がいかなるものかについては,現状では科学的に解明されているとはいえず(そもそもかかる微粒子がどれだけ放出され,土壌に沈着した微粒子がどれだけ大気中に再浮遊するのかも解明されているとはいえない。),仮に何らかのリスクがあるとしても,ICRPは,そのようなリスクを一定程度評価に取り込むことが可能な程度に余裕を持たせた放射線防護基準を採用しているということができる。したがって,引き続きセシウム含有不溶性放射性微粒子に関する調査研究及び専門家同士の議論の状況を注視し,ICRP が勧告の改訂等(預託実効線量係数の見直し等)を実施する場合にはその内容を適切に踏まえる必要があるとしても,現段階においては,一定の国際的なコンセンサスを有すると認められるICRP の諸勧告(2007年勧告等)に依拠した放射線防護措置を講じることが,直ちに不合理といえる状況にあるとはいえないというべきである。
つまり、このあたりが福島第一原発事故後の社会的な落としどころだったとみることができるでしょう。原爆症認定訴訟では、裁判所は「疑わしきは認定」というトーンだった一方、福島第一原発事故後の内部被ばく危険説を元にした主張は、おおむね退けられているようです。科学的に広く受け入れられた通説であっても、不確実性やばらつきがつきまとうのは科学の本質であり、「セシウムホットパーティクル」もその一例といえるでしょう。人体への影響は明瞭に理解されたとは言える段階ではないものの、まったくわからないシロモノというわけでもありません。その状況を踏まえてどう対処するのかというのは、社会や政治の役割になってきます。まったく無視するべきでもなく、過度に危険性を見積もるべきでもなく、良い塩梅というのが必要なのでしょうが、これは実際には難しいところです。
まとめ
内部被ばくについて、歴史的経緯、疫学データ、福島第一原発事故後の状況を述べてきました。通常の科学とは異なり、社会でのさまざまな問題とリンクし、ときには裁判所において妥当性が争われてきました。机上や実験室だけの科学ではなく、学説の応酬に様々な政治的・社会的な思惑も絡まっています。さらに、放射線疫学の裏には、核の歴史で犠牲になった人々が存在しています。それらを解きほぐし、文献をひも解きながら丁寧に問題を考えてゆくことが、これからも重要になるでしょう。
[1]丹羽太貫、他、「放射性物質による内部被ばくについて」(2021), https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000755106.pdf
[2] ICRP Pub 103、「国際放射線防護委員会の2007年勧告」(2007), https://www.icrp.org/docs/p103_japanese.pdf
[3] Monty W Charles, et al., Carcinogenic risk of hot-particle exposures, Journal of Radiological Protection 23(1):5-28,(2003), https://www.researchgate.net/publication/10776640_Carcinogenic_risk_of_hot-particle_exposures
[4] 日本保健物理学会,「福島事故を内部被ばくから考える」, 第二部 内部被ばく影響評価委員会, http://www.jhps.or.jp/upimg/files/20170324_symp_document.pdf
[5] 鈴木正敏, 環境省委託研究令和3年度年次報告書, https://www.env.go.jp/content/000154484.pdf
[6] ICRP Pub 63、「放射線緊急時における公衆の防護のための介入に関する諸原則」(1992), https://www.icrp.org/docs/P63_Japanese.pdf
[7] ICRP Pub 82、「長期放射線被ばく状況における公衆の防護」(1999), https://www.icrp.org/docs/P82_Japanese.pdf
[8] 「安全な場所で教育を受ける権利の確認等請求事件」(令和3年3月1日、福島地方裁判所),「判決書本文」p.95, https://www.courts.go.jp/hanrei/90310/detail4/index.html
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