SNS社会で科学者にできること

In the SNS Society
What Scientists Can Do.

0なるほど
0質問してみる
#セミパラチンスク#テチャ川#マヤーク#内部被ばく#疫学

内部被ばくの危険説について 第3回:内部被ばくリスク評価の根拠と疫学データ

facebooktwittershare
Understandable
内部被ばくリスクに関する疫学データ、ICRPによる通説と、危険性を大きく見積もった説(特にECRRの主張)を科学的・社会的観点から検討し、歴史的背景や裁判例を紹介しながら整理します。
広島・長崎での被爆という歴史から紐とき、原爆症認定訴訟を経て、福島原発事故後の内部被ばく危険説の流れと、その社会的な落としどころを考えるヒントが得られます。
Push
福島第一原発事故後の放射性物質による汚染の問題を身近に感じてきた人。
広島・長崎の原爆の放射線影響に関心がある人。
放射線と社会の関係を整理して考えたい人。

内部被ばくリスク評価の根拠と疫学データ

内部被ばく危険説の根拠となる主張をたどると、体内に吸着した放射性微粒子がその近傍において集中的に照射されるため、危険が大きくホールボディカウンタ(WBC)でも検知されにくい、という説に行きつきます。なるほど、もっともらしく思えます。

しかし、本当に内部被ばくが人体にそれほど有害な影響を与えているのか、根拠を知るために、筆者は実際の疫学でどのような結果を出しているか、さまざまな論文を調べました。そのうちで、テチャ川周辺住民、セミパラチンスク核実験場周辺住民、サーミ人の3つのテーマで放射線の疫学データを紹介する書籍[1]に、記事を書きました。結果としては、前2者では、広島・長崎LSSと比べて同程度か少し大きめであるが、サーミ人では影響が観察されなかったというものでした。人間への影響という意味では、外部被ばくと比べて特別大きいものであるというデータは示されていないというのが、この書籍を出したとき(2016年)の私の認識でした。

さらに、10年近く時が経ち、内部被ばくのデータもアップデートされているので、少し紹介します。ロシアとアメリカの共同研究グループ(JCCRER)のワークショップ[2]でのM. Sokolnikov氏のスライド[3]のp.11からです。

  • 急性ガンマ線被ばく vs 慢性アルファ線被ばく(肺がん死亡率)
  • LSS(広島・長崎)コホート:ERR/Sv  0.36 (0.05-0.72)
  • マヤーク労働者コホート:肺がん死亡率(Pu起因,RBE=20), ERR/Sv 0.35 (0.24-0.50)

また、D. L. Preston氏のスライド[4]のp.3には、テチャ川周辺住民のERR/100mGyのデータがあり、広島・長崎LSSと概ね同等という結論は変わっていません。

これらの結果からも、やはり内部被ばくが特別に有害という結論は得られてはいません。

 

[1] 田中司朗、他編、「放射線必須データ32」(創元社、2016), https://www.amazon.co.jp/dp/4422410903

[2] ICRP Workshop “30 Years of Scientific Achievements for International Radiological Protection: Summary of the Southern Urals Health Studies Program” , (2024), https://www.icrp.org/page.asp?id=656

[3] Mikhail Sokolnikov, JCCRER Research: Aim, Past and Future, https://www.icrp.org/admin/2024-05_ViennaWorkshop-2_M-Sokolnikov.pdf

[4] Dale L Preston, Mortality and Cancer Incidence in the Techa River and 1957 Accident Cohorts, https://www.icrp.org/admin/2024-05_ViennaWorkshop-5.7_D-Preston.pdf

 

<< 第1回の記事に戻る < 第2回の記事に戻る  第4回の記事に進む >

facebooktwittershare
質問してみる0

この記事を書いた人

一瀬昌嗣

合同会社一瀬研究所 代表社員
専門:原子核物理学、放射線測定。

高エネルギー重イオン衝突のシミュレーションによる研究を行い、北海道大学にて博士(理学)の学位を取得。
神戸市立工業高等専門学校 准教授、原子力規制庁 国際・放射線対策専門官、ミリオンテクノロジーズ・キャンベラ株式会社 M&Eエンジニアなどを経て、2024年から独立。同社と連携しながら、放射線測定・評価の実務を継続しつつ、新規の分野開拓を志向し、現在に至る。

著書:「放射線必須データ32」創元社 分担執筆
Web: http://isse.jp/