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#Mo99#Tc99m#医療用放射性同位体#国内安定供給#放射線#核医学検査

医療用放射線核種テクネチウム99mの国内製造を目指す動きについて

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病院での検査で使われる「Mo-99(モリブデン99)およびその娘核種であるTc-99m(テクネチウム99m)」 の記事です。
この物質は、体の検査(脳や心臓、骨など)にとてもよく使われます。日本は今までこの薬をほとんど外国に頼っていて、時々手に入らなくなる心配がありました。
そこで、国は「何とか日本で作れるようにしよう!」と考え、新しい計画(2022年アクションプラン)を立てました。
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はじめに

Mo-99(モリブデン99)およびその娘核種であるTc-99m(テクネチウム99m)は、重要な医療用放射性核種であり、脳血流や心筋血流、骨腫瘍の検査などに国内でも広く用いられています。しかし、その供給は長年にわたり海外の原子炉にのみ依存し不安定な状況が続き、安定供給体制の構築が長年の課題でした。現在、原子力委員会が「アクションプラン」を策定し国内での安定供給体制の構築を推進しており、アクションプランでは中〜高濃縮ウランを使用しない製造技術の確立が追求されています。

国内製造中止の経緯と2022年原子力委員会アクションプラン

1995年2月、当時の橋本内閣は特殊法人の整理合理化について閣議決定を行いました。これを受けて科学技術庁(当時)は海外からの輸入可能な中長寿命ラジオアイソトープは製造を中止、安定的で大量の需要がある工業用ラジオアイソトープ線源は製造を国の特殊法人から民間企業に移転するなどの方針を決定しました。しかし、その結果、国内で製造されるのは需要の大きいCo-60、Ir-192等と、F-18等の一部の放射性医薬品に限定されました。Mo-99/Tc-99mの需要はその頃から次第に大きくなってきていたにもかかわらず、全量を輸入に依存することになり、その後に発生した海外原子炉の停止などで供給の不安定化が度々問題になっていました。政府の関係省庁が設置した「モリブデン-99/テクネチウム-99m の安定供給のための官民検討会 」は2011年7月、「「我が国のテクネチウム製剤の安定供給」に向けたアクションプラン」を決定、日本原子力研究開発機構(JAEA)の材料試験炉JMTRや民間の商業用発電炉(BWR)を活用して(n,γ)反応でMo-99を製造する計画を示しましたが、福島第一原発事故を受けてより厳しい新規制基準が施行されることとなり、2020年にJMTRの廃炉が正式に決定、多くの発電炉が停止したことから、この計画は頓挫しました。2022年5月に内閣府原子力委員会が新たに「医療用ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」を策定、Tc-99mを「重要ラジオアイソトープ」として明記、国内での製造技術の確立と安定供給体制の構築が改めて推進されています。特に、濃縮ウランを用いない手法による、研究炉や加速器による代替製造技術の確立が提起されています。

 

濃縮ウランを使わない製造方法

Mo-99製造は、中〜高濃縮ウランを標的にして核分裂を起こし、生成されるMo-99を化学的に抽出する手法が海外では主流です。この方法は大量生産と高い比放射能(放射性物質の単位質量あたりの放射能の強さ)を両立する一方で、濃縮ウランを用いるため核セキュリティや核拡散防止の観点から日本国内での導入は難しい状況です。海外では低濃縮ウラン化も進められていますが、国内ではこの方法は採用されていません。原子力委員会の2022年アクションプランにもとづき、国内ではJ A E Aの試験研究炉 JRR-3においてMo-99を製造する方法が検討されています。Mo-98(天然Mo中には24%存在)の(n,γ)反応による放射化法による方法であり、この方法は比較的安全性が高く、原料に濃縮ウランを使用しないメリットがある一方、生成されるMo-99の比放射能が低いため、医療用Tc-99mとしての利用にはまだ課題があります。
原子炉を使わない方法としては、加速器を用いたMo-100標的(天然Mo中には9.7%のみ存在)を使い、Tc-99mを直接生成する方法が検討されています。中型のサイクロトロン(20MeV以上)を使って、(p,2n)反応によってTc-99mを生成する方法、もしくは電子加速器(LINAC)を用いて、Mo-100標的において(γ,n)反応によってTc-99mを生成する方法が有力な候補です。後者は、日本メジフィジックス社において試験製造がされています。しかし、高純度なMo-100標的の調達や、回収再利用方法、設備投資の大きさ、原料核種(Mo-100)のコスト、生成効率、低い比放射能であることなど、多くの課題があり、依然として実用には至っていません。今後、国内での安定供給体制を実現するためには、研究炉・加速器技術の整備に加え、医療現場との連携、コスト回収を見込める制度設計(フルコストリカバリー)、さらには国際協力の枠組みを含めた、包括的な政策支援が必要とされています。

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この記事を書いた人

一瀬昌嗣

合同会社一瀬研究所 代表社員
専門:原子核物理学、放射線測定。

高エネルギー重イオン衝突のシミュレーションによる研究を行い、北海道大学にて博士(理学)の学位を取得。
2007年から神戸市立工業高等専門学校の教員として物理系科目の教育や様々な校務に従事。同校在職中に、東日本大震災が起き、それを契機に放射線に関連した関わりを広げる。
2014年から原子力規制庁の職員に転職し、放射線に関する行政的な課題について、調査や委託の企画立案・運営などを行う。
2018年からミリオンテクノロジーズ・キャンベラ株式会社に転職し、ゲルマニウム半導体検出器の点検や、測定、シミュレーション評価などの実務を行う。
2024年から独立して同社と契約関係になり、放射線測定・評価の実務を継続しつつ、新規の分野開拓を志向し、現在に至る。

著書:「放射線必須データ32」創元社 分担執筆